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はじめに:「CO2排出データを出してください」と言われたら
ある日、長年取引してきた大手メーカーの調達担当者から一通のメールが届きました。
「2026年度より、弊社はGHG排出量開示の義務化対応に伴い、主要サプライヤー様にもGHG排出量データのご提供をお願いしております。つきましては、御社のScope 1・2・3の排出量を今年度中にご共有いただけますでしょうか」
このような連絡が、今まさに日本の中小企業に届き始めています。
「Scope 1・2・3って何?」「うちは上場企業でもないのに、なぜ関係あるの?」「誰が社内でやるの……?」 そう思った方も多いはずです。
特に最後の「誰がやるの?」という問いは切実です。GHG算定の担当者がいない、専門知識もない、日々の業務でそんな余裕もない——それが中小企業の現実だからです。
この記事は、そうした状況に置かれた中小企業の経営者・総務・経理担当者に向けて書いています。専門用語をできるだけ噛み砕きながら、「何がどう変わっているのか」「何から手をつければいいのか」「そもそも自社でやらなければいけないのか」まで、読み終えたあとにはっきりわかるように構成しました。
第1章:なぜ中小企業がGHGに向き合う必要があるのか
GX-ETS義務化という起点
2026年4月、「改正GX推進法」が施行されました。これにより排出量取引制度(GX-ETS)が義務化フェーズに入り、CO₂直接排出量が年間10万トンを超える企業(約300〜400社)は、排出量の計測・報告・取引が法的義務になりました。
「うちは対象外だ」と思ったかもしれません。でもここが重要なポイントです。
対象になった大企業は自社のScope 3排出量、つまりサプライチェーン全体の排出量も管理しなければなりません。その結果、取引先の中小企業にも「排出量データを提出してほしい」という要請が、連鎖的に広がっていきます。CO₂排出量が多いサプライヤーは「環境負荷の高い取引先」と見なされ、取引を打ち切られたり、新規契約のコンペで不利になるリスクが現実化しつつあります。
エネルギーコスト削減という経営課題
開示対応や取引先への義務という話の前に、もう一つ見逃せない現実があります。
2022年以降のロシア・ウクライナ情勢を発端として、中東情勢の不安定化も重なり、世界的なエネルギー価格の高騰が続いています。電力・ガス・燃料のコストは多くの中小企業にとって、今や無視できない経営上の負担になっています。
ここで重要なのが、GHGの削減と省エネは表裏一体だという事実です。Scope 1・2の排出量を削減するということは、そのまま燃料・電力の使用量を減らすことを意味します。
つまり:
GHG排出量を削減する = エネルギー使用量を減らす = コストが下がる
この等式が成立します。
例えば、Scope 2の算定を始めた企業が「空調の稼働パターンを見直すだけで電力使用量が12%減った」というのは珍しい話ではありません。GHGを「測る」ことで初めて、どこで何がどれだけのコストになっているかが見えてくるのです。
省エネ投資(LED照明・高効率設備・太陽光発電など)は、GHGプロトコル上ではScope 1・2の削減実績として算定に反映されます。サステナビリティリンクローン(SLL)のKPI達成にもつながります。「脱炭素のためにコストをかける」のではなく、「コストを下げるための活動が、そのままGHG削減になる」という発想の転換が重要です。
GHG算定は経営効率化のツールでもある。この視点を持って取り組むと、社内での推進がしやすくなります。
SSBJ基準の開示義務化という圧力
もう一つの大きな流れが、2025年3月に公表された日本版サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)です。有価証券報告書への開示義務化が以下のスケジュールで進みます。
- 2027年3月期:時価総額3兆円以上の大企業(約70社)
- 2028年3月期:1兆円以上(約180社)
- 2029年3月期:5,000億円以上(約300社)
- 2030年代:全東証プライム上場企業(約1,600社)
これらの企業が開示義務を持てば、その取引先もデータ提供を求められます。段階的に義務の輪が広がっていくイメージです。
サステナビリティリンクローン(SLL)という機会
一方で、GHGの算定・開示は「やらされるもの」だけではありません。
サステナビリティリンクローン(SLL)という融資形態をご存知でしょうか。GHG削減目標などのKPIを設定し、達成すれば金利が優遇される仕組みです。中小企業でも活用できるケースが増えており、「GHGを測って開示する」ことが実質的な金融メリットに直結します。
GHG算定に取り組む3つの理由
ここまでの話をまとめると、中小企業がGHG算定に取り組む理由は3つあります
① リスク回避:取引先からのデータ要請に応えられず、サプライチェーンから外されるリスクを防ぐ
② 機会獲得:SLLで金利を下げる、CDPスコアを上げて大手取引先の評価を高める
③ 経営改善:省エネとGHG削減を同時に進め、エネルギーコストを構造的に下げる
3番目の視点は見落とされがちですが、中小企業にとって最も即効性のある動機かもしれません。
第2章:Scope 1・2・3とは何か 〜3分でわかる全体像〜
GHGプロトコルという国際基準
Scope 1・2・3という分類は「GHGプロトコル」という国際基準から来ています。1998年に策定され、現在では世界中の企業が使う事実上の標準ルールです。日本の環境省・経済産業省のガイドラインもこれに準拠しています。

環境省『物語でわかるサプライチェーン排出量算定』
この基準では、企業のGHG排出量を発生源によって3つのスコープ(範囲)に分けて整理します。
Scope 1:自社が直接出す排出
定義:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出
自社がコントロールしている排出源から出るGHGです。「自分たちが燃料を燃やしたときに出るCO₂」がわかりやすい例です。
主な対象:
・工場のボイラー・加熱炉での燃料燃焼
・自社所有の車両・トラックのガソリン・軽油
・製造プロセスでの化学反応由来のGHG
・空調・冷凍設備からの冷媒ガス漏洩
算定の基本式:排出量 = 活動量 × 排出係数
例えば、自社トラックの年間軽油使用量(リットル)に排出係数(約2.58kg-CO₂/L)を掛けると算定できます。排出係数は環境省の「排出原単位データベース」から取得できます。
オフィス中心の企業であれば、Scope 1は比較的小さい数値になります。
Scope 2:購入した電気・熱の間接排出
定義:他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出
「自分たちが使った電気を作る過程で出たCO₂」です。電気を作る電力会社側で排出されますが、使用した企業の責任範囲として計上します。
主な対象:
・事務所・工場・店舗で使用する電力
・地域熱供給から購入した蒸気・温水・冷水
2つの算定方法
・場所基準(Location-based):電力系統全体の平均排出係数を使う。シンプルで始めやすい。
・市場基準(Market-based):実際に購入した電力の種類に応じた排出係数を使う。再生可能エネルギーの証書(非化石証書など)を購入した場合、その分をゼロ計上できる。
毎月の電力使用量(kWh)は電力会社の請求書に記載されているため、データ入手は比較的容易です。Scope 1・2の算定ができていれば、スタートラインに立っている状態です。
Scope 3:サプライチェーン全体の間接排出
定義:Scope 1・2以外の、事業活動に関連するすべての間接排出
原材料の調達から、製品が使われ廃棄されるまで、バリューチェーン全体をカバーします。
なぜ重要かというと、多くの企業でGHG排出量の7〜8割がScope 3に集中しているからです。Scope 1・2だけを頑張って削減しても、実態の大部分は変わらないことになります。
Scope 3はさらに15のカテゴリに分類されており、上流(調達側)と下流(販売・廃棄側)に大別されます。
上流(カテゴリ1〜8)の主要カテゴリ
カテゴリ 内容 中小企業への関連
1 購入した製品・サービス ★★★ 最重要
4 輸送・配送<上流> ★★
5 事業から出る廃棄物 ★★
6 出張 ★★
7 雇用者の通勤 ★★
下流(カテゴリ9〜15)の主要カテゴリ
カテゴリ 内容 中小企業への関連
11 販売した製品の使用 ★★
12 販売した製品の廃棄 ★
中小企業がまず取り組むべき最重要カテゴリはカテゴリ1「購入した製品・サービス」です。製造業では全Scope 3排出量の大半をここが占めることがほとんどです。
第3章:算定の実務 ——何から、どう始めるか
「理屈はわかった。では実際に何から手をつければいいのか」——ここが一番聞きたいことだと思います。
ステップ1:まずScope 1・2を確定する
最初にやることは、Scope 1・2の算定です。必要なデータはシンプルです
・燃料(ガス・軽油・灯油など):購入量の実績(請求書・伝票から確認)
・電力:電力会社の月次請求書(kWh)
これらに環境省の排出係数を掛けるだけです。
ここで多くの中小企業が直面する現実的な課題があります。「誰がやるのか」という問題です。専任の環境担当者がいない企業では、経理担当者や総務担当者が兼務でやらざるを得ないケースがほとんどです。しかし、GHG算定の専門知識を持っていない人が、排出係数を調べながら手作業でExcelをこなすのは、相当な負担です。
この課題に対して私たちが設計したのがGreenScopeです。
GreenScopeの最大の特徴は、すでに税理士に渡っている会計データをそのまま使って、GHG算定を丸投げできることです。経営者や経理担当者が新たに何かデータを集めたり、計算したりする必要はありません。税理士またはシステム側が会計データから自動的にScope 1・2を算出するため、「GHG算定という業務が社内に増える」ことがありません。
算定の過程で「どこで電力を使いすぎているか」「どの業務に燃料コストがかかっているか」が可視化されます。GHG算定は開示のためだけでなく、社内の省エネ余地を見つけるための経営ツールにもなります。
中小企業にとって最大のハードルは「誰がやるか」です。GreenScopeはそのハードルをゼロにすることを目指して設計しています。
ステップ2:Scope 3の全体像を把握する(二次データによる概算)
次は、Scope 3の全体規模をつかむことです。最初から精度を追う必要はありません。「どのカテゴリが大きいか」を把握することが目的です。
算定式:排出量 = 活動量(購入金額など)× 排出係数(二次データ)
環境省が公表している「排出原単位データベース」を使えば、購入金額に業種別の排出係数を掛けることで各カテゴリの概算排出量を求められます。全体像を俯瞰するには十分です。
ステップ3:重要カテゴリに絞って一次データを収集する
概算が出たら、排出量の大きいカテゴリ上位3〜5つに絞って、一次データ(サプライヤーや自社の実測データ)の収集を始めます。
二次データ(業界平均値)の限界は2つあります。自社の削減努力が数値に反映されないこと、そして投資家や取引先から「精度が低い」と評価されることです。取引先の上場企業から一次データを求められている場合は、ここが対応の本丸になります。
サプライヤーへのデータ依頼のコツ:「データを出してください」と一方的に依頼するのではなく、「共にESG対応力を上げるための取り組み」として位置づけることが重要です。勉強会を開いたり、算定の方法論をこちらから共有したりすることで、協力が得やすくなります。NDAを締結してデータの取り扱い方針を明確にすることも欠かせません。
Scope 3の算定は複雑で、「何から手をつけるべきか」の判断自体が難しいことも多いです。FINBESTのGXコンサルティングでは、Scope 3の算定支援をベースとして、重要カテゴリの特定から一次データ収集の進め方まで、実務に即した形で支援しています。「自社でどこまでできて、どこから専門家に頼むべきか」という切り分けの相談から受け付けています。
第4章:取引先に開示を求められた場合の対応フロー
「取引先の上場企業からScope 3データの提出を求められた」という状況では、次のような対応フローが現実的です。
フェーズ1:Scope 1・2の確定 電力・燃料データを整理し、Scope 1・2の数値を確定させます。GreenScopeを使えば、税理士が持っている会計データから自動算出できるため、社内の工数を最小化できます。
フェーズ2:Scope 3の概算と重要カテゴリ特定 二次データで全カテゴリを概算し、自社にとって重要なカテゴリを絞り込みます。
フェーズ3:重要カテゴリの一次データ収集 主要サプライヤーへの依頼を開始し、一次データへの移行を進めます。
重要なのは、完璧を目指してスタートを遅らせないことです。「二次データによる概算値で、今後精度を上げていく予定」と明記した上で提出しても、大半の取引先は受け入れます。何も出さないことの方がリスクです。
第5章:サステナビリティリンクローン(SLL)に向けた算定戦略
SLLの活用を検討している中小企業にとって、GHG算定はコストではなく金融メリットを引き出すための投資です。
SLLでは通常、以下のようなプロセスが必要になります。
① KPIの設定:Scope 1・2の削減率(例:3年間で20%削減)や再エネ導入比率などを設定
② ベースラインの確立:現時点でのScope 1・2の排出量を算定し、基準値を確定させる。これが信頼性のある数値でなければKPIとして認められません
③ 第三者検証の準備:金融機関によっては、独立した第三者機関による算定データの検証を求めることがあります
④ 年次モニタリング:毎年の進捗を算定・報告する体制の整備
ここで重要なのが、ベースライン算定の信頼性と継続性です。「毎年同じ方法で算定し続けられる体制があるか」を金融機関は見ています。GreenScopeでは税理士を通じた会計データ連動により、毎年のScope 1・2算定が自動化されます。ベースラインの確立から年次モニタリングまで、追加の業務負担なく継続できる点がSLL活用において大きな強みになります。
よくある疑問
Q:GHGの算定に専門知識は必要ですか?
Scope 1・2の算定であれば、GreenScopeを使う場合は専門知識は不要です。税理士がすでに持っている会計データを使って自動算定するため、社内担当者が排出係数を調べたり計算したりする必要がありません。Scope 3の算定は複雑さが増しますが、重要カテゴリの特定から一次データ収集の方針まで、GXコンサルティングで実務的にサポートします。
Q:まず何から手をつければいいですか?
Scope 1・2の算定から始めることをお勧めします。GreenScopeであれば、顧問税理士にご連絡いただくだけで算定がスタートできます。自社でやる場合は、電力・ガス・燃料の請求書を12ヶ月分集めることが最初の一歩です。
Q:開示する数値の精度はどの程度必要ですか?
取引先からの要請に応える段階では、「二次データを使用した概算値」と明記した上での提出が受け入れられるケースがほとんどです。SLLや第三者検証が必要になった段階で精度を高める対応で十分です。
Q:算定にかかるコストはどの程度ですか?
GreenScopeの費用については個別にご相談ください。Scope 1・2の算定だけであれば、無料ツールとExcelで対応できるケースもあります。「費用対効果を含めて相談したい」という段階からGXコンサルティングでお話を聞かせていただきます。
おわりに:「測れる企業」が選ばれる時代へ
GHGを測ることには、3つの理由があります。取引先に求められているから。金利を下げられるから。そしてエネルギーコストを減らせるから。
最初の2つは外圧ですが、3番目は純粋に自社の利益です。今のエネルギー価格が高止まりしている環境では、Scope 1・2の算定を始めるだけで「どこを省エネすればコストが下がるか」が見えてきます。
そして多くの中小企業にとって本当の課題は「算定の知識がない」ではなく、「誰が、どうやって、いつやるのか」という業務の問題です。
その問題を解決するために、税理士との連携によるGHG算定の自動化という仕組みを作りました。取引先への対応もSLL活用も、まず「測ること」から始まります。ぜひその最初の一歩を、できるだけ小さなコストで踏み出してください。
FINBESTのGHG関連サービスについて
GreenScope
GreenScopeの最大の特徴は、GHG算定を税理士に丸投げできることです。多くの中小企業はすでに顧問税理士に会計データを渡しています。GreenScopeはその会計データをそのまま活用し、税理士またはシステム側がScope 1・2の算定を行います。経営者・経理担当者が新たに何か作業する必要はありません。「GHG算定という新しい業務が社内に増える」ことなく、開示に必要な数値を得られます。
・取引先からのデータ提出要請への対応
・SLLのベースライン確立・年次モニタリング
・Scope 3算定への段階的な移行
現在ベータ版の利用登録を受け付けています。
GXコンサルティング
FINBESTのGXコンサルティングは、GHG算定支援をベースに据えたコンサルティングサービスです。
「まず自社の排出量を正確に把握する」ことを起点として、取引先への開示対応、SLL活用戦略の立案、算定精度の向上、Scope 3への展開まで、算定の実務と経営戦略をセットで支援します。算定ツールとコンサルが分離していないため、「ツールは入れたが使い方がわからない」「コンサルに頼んだがツールとの連携がうまくいかない」という非効率が生じません。
「自社がどこから始めるべきか整理したい」という初期相談から受け付けています。